大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和57年(行ウ)8号 判決

岡山県笠岡市山口一四五七番地

原告

安藤元雄

右訴訟代理人弁護士

山崎博幸

同県同市五番町五

被告

笠岡税務署長

山中康彰

右指定代理人

菊池徹

大山茂人

藤川哲

大谷庸介

佐下勝義

木下大司

礒村泰治

福重光明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五五年七月四日付けで原告の昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税についてした各更正並びに過少申告加算税及び無申告加算税の各賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  課税の経緯

原告は、縫製業を営むものであるが、昭和五三年分及び昭和五四年分の各所得税に関して原告のした各確定申告、これに対する被告の各更正(以下「本件各更正」という。)、並びに昭和五三年分についての無申告加算税賦課決定及び昭和五四年分についての過少申告加算税賦課決定(以下、合わせて「本件賦課決定」という。)、これに対する原告の異議申立て及び審査請求、これについての異議決定及び裁決の経緯は、それぞれ別表(一)に記載のとおりである。

2  処分の違法事由

(一) 手続的違法

税務職員による税務調査も、行政手続の一環として憲法三一条の適正手続の保障が及ぶと解すべきであり、税務調査を行うに際しては、それが任意調査として納税者の協力を得て行われるべきものであること、検査拒否や不答弁に対しては罰則が設けられていることからして、納税者に対する事前の通知及び調査の理由と必要性の開示が要件となると解すべきである。しかるに、被告は、本件各更正及び本件各賦課決定(以下、合わせて「本件各処分」という。)を行うに先立つて、被告所部係官による原告に対する税務調査(以下「本件調査」という。)を行つた際、原告に対し、何ら事前の通知をせず、調査の理由と必要性を開示しなかつた。よつて、本件各処分には右要件を欠いた違法がある。

(二) 内容的違法

原告の本件各年分の所得は、いずれも確定申告のとおりであるから、本件各処分には、いずれも原告の所得を過大に認定した違法がある。

よつて、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)のうち、被告所部係官が原告に対する税務調査を実施した際に事前の通知と調査理由の開示を行つてないとの点は否認し、その余の主張は争う。

(二)  同2(二)の主張は争う。

三  被告の主張

1  調査手続の違法一般について

(一) 所得税法二三四条に基づく質問検査権の行使については、その行使の目的が国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な負担を図るということにあること、他方、国民は所得税法の定めるところにより所得税を納める義務を負つていること(憲法三〇条、所得税法五条)からすれば、行使の時期、範囲、程度、方法、手段については、これを行使する税務職員の判断に全て委ねられていると解するのが相当であり、納税者としては、税務職員が日時を打ち合わせることなく突然調査に来たり、調査理由を開示しないからといつて、これを拒否することは許されず、調査に協力できない真にやむを得ない事情がある場合には、その旨を告げ、新たに日時を打合わせるなど積極的に調査に協力すべきであると解するのが相当である。そうだとすれば、税務調査に当たつては、必ずしも事前の通知を要しないのはもちろん、調査の理由及び必要性についても、必ずしも開示する必要はないものである。

仮に、事前の通知や調査の理由及び必要性についての開示が欠けていたとしても、所得税法二三四条所定の税務調査の手続は、課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査するための手続に過ぎないのであつて、この調査手続自体が課税処分の要件となることはいかなる意味においてもあり得ないというべきである。しかも、課税処分取消訴訟は、もともと客観的に所得の有無を争う訴訟であるから、課税処分が違法な調査手続に基づくものであつても、右違法が極めて重大な場合を除いては、客観的所得に合致している限り、取消事由を構成することはないと解すべきである。

(二) 本件において、被告所部係官は、昭和五五年四月二一日に第一回目の臨宅を行つたが、このときは原告からの申し出により簡単な質問調査を行うにとどめ、その後の同月二四日の第二回目以降の調査については、調査に支障のない限り、事前に原告と期日を打ち合わせたうえで臨宅しているのであつて、実質的に事前の告知を行つている。また、第一回目に臨宅した際、原告に対し、確定申告の内容を確認するために調査に来た旨説明しており、調査理由の開示も行つている。

2  事業所得金額の算出の経過及び根拠について

(一) 被告は、原告の昭和五三年分及び昭和五四年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税確定申告書に記載されている申告額が正しいかどうかを確認するため、昭和五五年四月二一日以降再三にわたり被告所部係官を原告方に赴かせ、実地に調査を行わせた。被告所部係官が実額調査を行うべく、事業所得に関して収支計算のできる帳簿書類を提出するよう要求したのに対し、原告は、収入や支出のメモ書等を提示したものの、その内容からは直ちに実額計算による原告の所得金額の計算をすることができず、しかも、原告は、必要経費等については、その取引を証明する原始記録その他の書類を提示しないなど調査に非協力な態度をとつたため、被告は、実額による原告の事業所得金額を算定することができなかつた。このため、被告は、原告の取引先に対する調査により判明した原告の本件各係争年分の収入金額を基礎に事業所得金額を推計により次のとおり算定したものである。

(二) 原告の本件各係争年分の所得金額の計算内訳は、別表(二)の各年分欄に記載のとおりであり、その算出根拠は次のとおりである。

(1) 収入金額 各年分とも調査により実額を把握したものであり、その額は別表(二)の〈1〉の各年分欄に記載のとおりである。その取引先別の明細は、別表(三)の各年分欄に記載のとおりである。

(2) 算出所得金額 被告は、原告と同じ笠岡税務署管内に事業所を有する者で、その年分を通じて縫製賃加工業を営む個人事業者で、青色申告書により所得税の確定申告をしている者(ただし、課税処分につき不服申立て又は訴訟係属中でない者)の中から、収入金額及び従業員数等の事業規模並びに加工の形態等の事業内容が原告と類似していると認められる同業者A、B、C(原告とA、B、Cとの事業規模の類似性は、別表(四)に記載のとおり)を抽出したうえ、各年分ごとに、別表(五)及び(六)に記載のとおり、右同業者の収入金額に対する算出所得金額の割合の平均値(以下「平均所得率」という。)を求め、これをそれぞれ(一)の原告の各年分の収入金額に乗じて、別表(二)の〈3〉の各年分欄記載の特別経費控除前の算出所得金額を算出した。なお、算出所得金額は、右同業者のうち減価償却の計算を定率法で行つている者についてはこれを所得税法四九条一項、同法施行令一二五条一号に基づいて定額法に改めて計算し、さらに、右同業者の特別経費、貸倒引当金、青色申告控除額を必要経費に算入せず、白色申告者である原告の所得計算に合致するよう修正を加えたものである。

(3) 特別経費額 別表(二)の〈4〉の各年分欄に記載のとおりである。昭和五四年分の金額は、原告が収入金として受け取つた手形等の割引料として中国銀行小田支店に支払つたものである。

(4) 事業所得金額 昭和五三年分は(2)の算出所得金額と同額であり、昭和五四年分は(2)の算出所得金額から(3)の特別経費額及び別表(二)の〈6〉記載の事業専従者控除額を控除した金額である。

(三) 以上によれば、原告の本件各係争年分の事業所得金額は、昭和五三年分につき三三二万四八五五円、昭和五四年分につき四〇五万五八〇四円となるが、被告の行つた本件各更正は、いずれも右金額の範囲内で行われているから、本件各課税処分はいずれも適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2  同2(一)については、原告に厳密な実額による収支計算のできる書類が残つていないことから、推計の必要性自体は争わない。原告が調査に非協力であつたことはなく、調査に若干円滑を欠いたところがあつたとしても、それは被告が責を負うべき事柄である。

同2(二)のうち、(1)の収入金額及び(3)の特別経費額、事業専従者控除額については認め、その余は争う。

五  原告の反論

1  類似同業者と原告の業態の類似性について

被告主張の同業者A、B、Cと原告とは、同じジーンズ縫製加工業者であるといつても、縫製加工業者の業態には種々のものがあり、その相違が所得率に大きく影響するのであつて、これを一切無視した被告の推計は、次のとおり著しく不当である。

(一) 原告は、新星被服興業有限会社(以下「新星被服」という。)及び山足被服こと山足光夫(以下「山足被服」という。)の下請業者であるが、新星被服は三啓被服株式会社の、山足被服は近藤被服のそれぞれ下請業者であつて、原告は、これら元の製造業者からみて下請の下請である。これに対し、A、B、Cは、別表(七)に記載の機械類を保有しており、これに対応するかなり広い範囲の仕事をしていると考えられるから、下請の下請ではなく、元の製造業者からみて第一の下請業者であると推認することができる。そして、第一の下請であるか、下請の下請であるかは、所得率に大きな差異を生ずるのである。

(二) A、B、Cの保有する機械類の種類からして、A及びCは別表(七)に記載の工程のうち2ないし9を、Bは2ないし11を請け負つていると考えられる。これに対し、原告の請け負つている工程は、右の2ないし4及び5の一部であり、全工程の中で最も手間がかかる割には単価の低い箇所である。このように、原告は、A、B、Cとは請け負う工程の範囲が大きく異なり、不採算工程のみ請け負つているのであるから、所得率に大きな差異が生ずるのは当然である。

2  原告による所得率の算出

原告は、詳細な実額主張をし得るだけの帳簿書類を有していないが、原価計算をし得るだけの資料は有しており、これをもとに算出した原告の所得率は、別表(八)に記載のとおりであり、その算出の根拠は、以下のとおりである。

(一) 収入金額 別表(八)の〈1〉の各年分欄に記載のとおりであり、その売上先別、品名別内訳は、昭和五三年分については別表(九)に、昭和五四年分については別表(一〇)にそれぞれ記載したものである。なお、別表(八)の〈1〉の各年分欄の金額は、別表(九)及び(一〇)の各売上合計額によつたものである。

(二) 製造原価 別表(八)の〈2〉の各年分欄に記載のとおりであり、その品名別内訳は、昭和五三年分については別表(二)に、昭和五四年分については別表(一二)にそれぞれ記載のとおりである。製造原価に含まれるものは、人件費、外注費及び糸代であつて、その他の一般経費は含まれていない。なお、昭和五四年分の「その他」の品目については、個々の費用ごとの金額が不明であるので、製造原価の総額に〈1〉ないし〈3〉の各費目の割合の平均値を乗じて算出した。

(三) 一般経費 別表(八)の〈4〉の各年分欄に記載のとおりであり、これはいずれも各年分の収入金額の一割に相当する金額である。これは、同業者A、B、Cの一般経費の収入金額に対する割合が、昭和五四年分を例にとれば、平均一五・二六パーセントであるところ、原告は、A、B、Cよりも規模が小さいので、一般経費率を一割と見込んだ。また、A、B、Cの平均値との差五・二六パーセントは、原告本人及び家族の事業専従者の労働に見合うものである。

(四) 事業所得 別紙(八)の〈9〉の各年分欄に記載のとおりであり、収入金額から製造原価を差し引いた差益から一般経費を控除し、さらに、昭和五三年分については山足被服に関する倒産による貸倒損及び計算ミス、昭和五四年分については事業専従者控除をそれぞれ控除したものである。

六  原告の反論に対する認否及び被告の再反論

1  原告の反論1の主張は争う。

(一) 類似同業者の下請順位について

類似同業者A、B、Cは、いずれも元の製造業者からみて下請であり、原告と同順位である。

この点は措くとしても、原告の前記五1(一)の主張は失当である。すなわち、一般に、ジーンズ製品の縫製業にあつては、ミシンが主要な機械であり、原告や類似同業者の属する下請業者にとつて基本的に必要なミシンの種類は、〈1〉平ミシン(普通の一本針ミシン)、〈2〉インターロツクミシン、〈3〉オーバーロツクミシン、〈4〉巻縫ミシンの四種類である。もつとも、このほかにも多くの専用縫ミシンがあるが、必ずしも専用縫ミシンがないと縫製できないというものではなく、針部分、ラツパ、釜などのアタツチメントを取り替えることによつて他の工程縫に利用できるものもあり、また、下請業者は元請業者から受注した縫製加工を自己の作業場において、そのすべてを縫製加工するのではなく、受注の大半を外注に出しているのが通例であるから、たとえ自己の作業場に保有していない種類のミシンがあるとしても、外注先の中にその種類のミシンを保有している者があれば、その縫製加工の受注ができるのであつて、保有ミシンの多寡によつて縫製請負の形態を判断すべきものではない。

したがつて、類似同業者A、B、Cは原告と全く同じランクの下請業者であり、かつ、ジーンズ製品のうちズボンの縫製下請加工をしている者であり、原告と類似を有しているということができる。

(二) 請負工程の範囲について

被告所部係官は、類似同業者へ臨戸し、作業場を実地にみて、本人からも事情を聴取し、帳簿面では工賃の支払明細表、一部には指図書でジーパンの縫製加工の工程を確認したところ、別表(七)記載のジーパンの普通縫製加工の工程のうち、類似同業者も2ないし4を主として請け負つており、原告と同じであることが認められた。

仮に請け負つた工程が原告主張のとおりであつても、縫製下請の加工賃は、それぞれの工程ごとに大体の相場(単価)が決められて、縫製工程の難易度、加工の特別仕様などによつてその加工単価に高低が生ずるのが通例である。単にズボンの縫製といつても、従来のいわゆるジーパンのほかに、フアツシヨン性を取り入れたズボンが企画製造されているため、〈1〉デザインの変更、〈2〉サイズの別、〈3〉男物、婦人物、子供物の別、〈4〉使用生地、〈5〉生地の量目などの区分を組み合わせると、その製品の種類は四〇〇種類以上もあり、そのうえ発注から納品までの期間の長短によつて元請業者が下請業者に発注する縫製加工賃はズボン一本当たり一〇円単位で上下している実態にある。下請業者が外注先に外注する場合においても、右の事情をしん酌して加工賃を決めたうえ発注するのであつて、下請業者が外注先に外注する場合にも一定のマージンを確保するのが常識であつて、不採算工程などあり得ない。

(三) そもそも、原告は、被告の所得税調査における被告所部係官の帳簿書類等の提示要求に応ぜず、また、原告の営む事業内容等についても明らかにしないなど調査に非協力な態度に終始したので、被告はやむを得ず原告の事業所得の金額を類似同業者の所得率を適用すを方法によつて推計したものである。したがつて、類似同業者間に営業上の諸要素のすべてが原告と合致する同業者を求めることなど不可能であり、被告が本訴で主張する同業者の平均値による推計の場合には、推計の基礎となる各同業者の営業上の諸要素に差があるのはむしろ当然のことであつて、その平均値を求めるのが本件推計方法の目的であるから、その同業者の抽出基準として業種の同一性、営業規模に一応の類似性が存し、その他同業者の抽出に恣意が介在するおそれがない等の基礎的条件に欠けるところがない以上、同業者間に通常存する程度の営業上の諸要素の差異は平均化されて無視し得るものであつて、当該納税者の個別的営業上の諸要素いかんは、それが平均値による推計を不合理ならしめる程顕著なものでない限り、これをしん酌することを要しないと解すべきである。本件で推計の基礎とした類似同業者A、B、Cの平均値は、個々の業者の個別具体的事情を捨象して客観性、普遍性を示すものといえるので、これを採用することは、充分に合理性を有するものというべきである。

2  原告の反論2の主張は争う。

右主張に係る計算の方法及び内容は、原告の所得率を算出するうえにおいて、次のとおりその基礎計数に正確性がなく、いわゆる自家労働を賃金又は外注費として原価計算に算入する等正当性を有しておらず、その結果算出された所得率は、明らかに妥当性、合理性を欠くものであるから、原告の主張は失当である。

(一) 原告の収入金額の計算について

(1) 昭和五三年分について

被告主張の収入金額一〇一三万六七五四円と原告計算額一一〇万二四七〇円を比較すると、原告計算額は八七万五七一六円増額しているが、その原因は、次のとおりと推認される。

(ア) 新星被服分の被告主張の昭和五三年分の収入金額は、六四九万二七三〇円であり、原告計算の収入金額は六六七万〇九九〇円とされており、被告主張の収入金額より一七万八二六〇円増額している。この増加額は、別表(九)によると「糸代」の金額に符号しているもののようである。

(イ) 山足被服分の被告主張の昭和五三年分の収入金額は三六四万四〇二四円で、原告計算の収入金額は四三四万一四八〇円とされており、被告主張の収入金額より六九万七四五六円増額している。この増加額は、別表(九)によると、七万五一〇〇円は「糸代」であり、五六万二六〇九円は「貸倒れ」とされており、五万九七四七円は「計算ミス」分とされ、この合計額が六九万七四五六円に符合しているもののようである。

右(イ)の山足被服分の「貸倒れ」については、別表(九)によると「山足被服倒産による貸倒れ」として収入金額(「売上」欄)より差し引かれ、「差引総収入金額」が計算されているが、(八)の収入金額にはこの「貸倒れ」を含め、一般経費以外の経費(〈5〉)として差益金額から差し引かれている。確かに、山足被服は約束手形の不渡事故をした事実はあるが、その後も事業を継続しており、現に原告自身も、昭和五四年においても山足被服から縫製下請加工の受注をし、加工納品のうえ下請加工賃を受領しているのであつて、原告の主張する山足被服の倒産は措信できない。と同時に、仮に原告が主張するように、山足被服の加工賃のうち約束手形の不渡事故又は未収入金が発生したとしても、この金額を昭和五三年分の事業所得の金額の計算上控除できないことは、所得税法五一条二項及び同法施行令一四一条の規定から明らかなところである。原告の計算は、所得率を低くするためのものであり、かつ収入金額を被告の原処分の額に符合させるためと推認され、いずれにしても失当である。

次に、右(イ)の山足被服分の「計算ミス」については、別表(九)によると、収入(売上)金額の合計は、四三四万一四八〇円と記載のうえ「計算ミス」として五万九七四七円を減算している。しかし、原告は、右金額を請求しているのであつて、そうであるからには、これを収入金額に加算することが適正であり、原告が債権放棄したことの立証がない以上、必要経費に算入できないことは、所得税法五一条二項及び同法施行令一四一条の規定から明らかである。また、これを掲記したことは、被告の原処分の収入金額に符合させるためのものであると推認され、さらに、別表(八)において原告がこの「計算ミス」の額を一般経費以外の経費(〈6〉)として差益金額から控除したことは、所得率を低くするためのものであることの証左であつて、いずれにしても原告の計算は失当である。

さらに、原告は、別表(九)において「値引」として三四〇〇円を売上合計額から差し引いている。しかしながら、右は金額的には少額であるが値引した事実の立証がなく、被告の原処分の収入金に符合させるための金額と推認され、措信できない。

以上のとおり、原告の昭和五三年分の収入金額の計算は、根拠がなく、信ぴよう性に欠けることを原告自ら認めたものであり、その適否を論ずるまでもないというべきである。

(2) 昭和五四年分について

原告は、別表(一〇)において、昭和五四年分の縫製加工数量を、〈1〉スパンポケツト一〇万五〇〇〇枚、〈2〉Lポケ(時計落有り)二万一〇〇〇枚、及び〈3〉Lハリ付二万三四〇〇枚と記載しているが、原処分等の調査以後現在までに各元請業者から毎月の加工賃支払いの際交付される計算明細書類等を提示しないし、立証もされていないのであるから、その数量が正しい数量であるかどうか措信し難い。

また、元請業者からの下請(受注)単価について、原告は、〈1〉スパンポケツト八五円、〈2〉Lポケ(時計落有り)一一五円、及び〈3〉Lハリ付六五円の三品名のみとして収入金額を計算しているが、前記六1の(二)で述べたジーンズのズボン縫製業の実態からして、同一デザイン等の商品が一か月ないし三か月程度で変わつていく現状にある中で、年間を通して三つの受注品目及び単価のもののみであるとは到底考えられず、また、前段と同じ理由からも原告の計算は措信し難い。

右の次第であるから、原告の計算による別表(一〇)の数量、単価及び金額とも真実のものとは認められず、ひいては別表(八)の計算も大きく相違してくることになり、原告の右計算は措信し難い。

(二) 原告の製造原価の計算について

(1) 糸代の計算について

原告は、別表(九)において、昭和五三年分の糸代の総額を二五万三三六〇円(一七万八二六〇円+七万五一〇〇円)と計算しているが、別表(一一)の原価計算による一枚当たりの糸代〇・五円ないし六円をもとに縫製加工枚数を乗じて計算すると、その総額は六五万三〇三四円となり、三九万九七六四円もの開差が生ずることになり、さらに、売上帳(甲第一号証)による糸代合計二二万六九六〇円とも符合しない。

また、原告は、別表(一〇)において、昭和五四年分の糸代の総額を六〇万八〇〇〇円と計算しているが、別表(一二)の原価計算による一枚当たりの糸代六円及び五円をもとに縫製加工枚数を乗じて計算すると、その総額は九二万九七二〇円となり、三二万一七二〇円もの開差が生ずることになり、さらに、売上帳(甲第一号証)による糸代の合計六五万四九三〇円とも符合しない。

このように、原告が主張する糸代の総額について、原価計算による糸代、収入金額から控除した糸代、売上帳(甲第一号証)による糸代に整合性がなく、また、糸代の総額の正当な金額は一つであることから、取引実態を最もよく知つている原告の主張に一貫性のないこと自体、詭弁をろうしていると推測され、原告の主張は措信し難い。

(2) 外注費及び賃金の計算について

原告は、昭和五三年分の賃金、外注費について、原処分の調査の際提出したメモ(乙第一八号証)では八五四万四八四八円、広島国税不服審判所に提出した答弁書に対する反論書(乙第一六号証)では七四一万一六〇七円、別表(一一)の原価計算では八九七万九一八六円と主張しており、いずれも符合しない。

また、原告は、昭和五四年分の賃金、外注費について、原処分の調査の際提出したメモ(乙第一八号証)では一一一六万〇八七五円、広島国税不服審判所に提出した答弁書に対する反論書(乙第一七号証)では一〇六六万〇八七五円、別表(一二)の原価計算では一一〇七万六〇四〇円と主張しており、これまたいずれも符合しない。

このように、原告が主張する賃金、外注費の総額には整合性がなく、また、賃金、外注費の総額の正当な支払金額は一つであることから、取引実態を最も知つている原告の主張に一貫性のないこと自体、右糸代に係る主張と同様、詭弁をろうしているものというほかはない。

ところで、原告は、製造原価の計算を行うに当たり、外注費の金額を外注先に支払つたものである、と主張するばかりで、何ら支払金額の正当性を立証していない。

さらに、原告が別表(一一)及び(一二)で行つている一枚当たりの製造原価の計算内容は、縫製加工の全てを外注又は雇人に加工させた場合の計算であり、原告及び家族が事業に従事した部分又は割合が全く計算上考慮されておらず、所得税法五六条の規定に照らして、根本的な誤りがある。

(三) 原告の一般経費の計算について

原告は、規模において、A、B、Cより小さいので一般経費率を一〇パーセントとしているが、原告及び類似同業者A、B、Cの事業規模は別表(四)のとおりその事業規模において類似しているところであり、一般経費率を一〇パーセントとする原告の根拠は全くないから、類似同業者A、B、Cと同様の率とすべきところ、昭和五四年分について、原告主張の収入金額(糸代控除前の金額)一三七六万九〇〇〇円が仮に正当とすれば、原告の別表(八)における一般経費は二一〇万一一四九円(一五・二六パーセント)となる。

なお、原告は、A、B、Cの一般経常費の平均値との差五・二六パーセントが家族労働分に相当する、と主張するが、その根拠は全くなく、失当である。

(四) 原告の事業所得の計算について

原告が原価計算により算定した所得金額は、昭和五三年分は三四万三三五三円、昭和五四年分は一万三六六〇円(なお、割引料一三万七七三五円ば計算に含まれていないため、これを加算すると一五万一三九五円となる。)の赤字であり(別表(八)の〈9〉)、原告の確定申告額(別表(一)の確定申告欄参照)の所得金額と矛盾することになる。したがつて、原告の原価計算により算定した所得金額が真実の所得金額に合致するものであるとは到底措信し難い。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件各処分の手続的違法について

原告は、本件調査手続には事前の通知を欠いた点並びに調査の理由及び必要の開示を欠いた点において、違法がある、と主張する。

しかしながら、課税処分取消訴訟は、客観的な租税債務の存否を争う訴訟であるところ、所得税法二三四条所定の質問調査等いわゆる税務職員による税務調査の手続は、課税庁が課税要件を構成する具体的事実の存否を調査するための資料を収集する手続に過ぎないから、仮に税務調査手続に違法があつたとしても、当然には課税処分の違法事由となるものではなく、調査が公序良俗に反する方法で行われるなど違法の程度が極めて重大な場合にはじめて課税処分の違法事由となるにとどまると解するのが相当である。本件において、原告が税務調査の要件と主張する調査の事前の通知並びに調査の理由及び必要性の開示は、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(最高裁三小昭和四八年七月一〇日決定刑集二七巻七号一二〇五頁参照)から、具体的事案においてこれを欠いたとしても、課税処分の違法事由を構成するほど重大な違法となることはあり得ないというべきであつて、原告の右主張は、主張自体失当である。

三  本件各処分の内容的違法について

1  推計課税の必要性について

原告が本件各係争年分の所得金額を実額により計算し得る帳簿書類を備えていなかつたこと、したがつて本件において推計課税の必要性があつたことは、当事者間に争いがない。

2  推計課税の合理性について

(一)  本件各更正は、被告が実額によつて把握した本件各係争年分の収入金額に原告の類似同業者の平均所得率を乗じてその算出所得金額を推計したものであるところ、一定の事業を営む者の算出所得金額を実額によつて把握することができない場合において、類似同業者は同種の経費を支出するのを通常とすることから、右方法(同業者比率法)を用いて右事業者の算出所得金額を推計することは、合理性があるというべきである。

(二)  別表(二)の〈1〉の各欄に記載の原告の各係争年分の収入金額については、当事者間に争いがない。

(三)  被告による類似同業者の選定及び平均所得率の算出について検討する。

(1) 証人小野裕一郎の証言及びいずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第二ないし第七号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告所部係官であつた平田調査官は、本件各更正を行う際に、原告の類似同業者として、(ア) 笠岡税務署管内に事業所を有し、(イ) ジーンズの縫製加工業を営む者で、(ウ) 個人営業者であつて、(エ) 青色申告書により所得税の確定申告を行つている者の中から、(オ) 縫製加工の営業形態が元請業者からの賃加工のみを行つている者で、(カ) 本件各係争年分を通じて事業を継続して営んでいる者であつて、(キ) 課税処分について不服申立て又は訴訟係属中でない者を機械的に抽出し、さらに、その中で、(ク) 収入金額、家族従業員、雇人、外注先の件数、機械の所有台数、作業場面積等の事業規模が原告と類似している者三名(被告の主張2の(二)の(2)記載のA、B、C)を選定したこと、右三名の同業者について、被告所部係官の小野調査官は、本件各処分の異議申立ての審査の段階で、これら三名及び原告の事業所に直接臨戸するなどして調査した結果、右三名がいずれも前記(ア)ないし(キ)の要件を満たし、かつ、(ク)の要件についても、別表(四)に記載のとおり原告と類似しており、かつ、右三名が主として請け負つている工程が別表(七)記載の工程のうちの2ないし4であつて、原告とほぼ同じであることを確認したこと、被告が右三名の本件各係争年分の青色申告決算書に基づいてその各年分の収入金額、算出所得金額及び平均所得率を算出したところ、別表(五)及び(六)に記載のとおりとなつたことが認められる。

(2) 右認定の事実によれば、右のA、B、Cは、いずれも原告の事業所の所在地と近隣の井原市に事業所を有する実在の同業者であることが明らかであり、その抽出基準には合理性があり、その抽出過程にも被告の恣意が介在したことを窺わせる事情は何ら存せず、かつ、右同業者が青色申告者であることから、その収入金額、経費額等の計数の正確性は担保されており、また、三名という同業者の数も一応同業者の個別性を平均化するに足りるものということができる。

(3) 次に、原告と同業者A、B、Cとの類似性についてみるに、前認定の事実によれば、業種及び下請の形態、縫製請負の工程の範囲について類似していることが明らかである。

事業規模の類似性についても、前認定の事実(別表(四)によれば、最も基本的というべき収入金額の点において、原告を一〇〇としたA、B、Cの指数は、昭和五三年分については一〇五・九ないし一二〇・三の範囲内にあり、昭和五四年分については九七・一ないし一〇九・四の範囲内にあつて、共に近似しているうえ、家族従業員数、雇人数、作業場面積自動車所有状況の点においても、原告とA、B、Cとの類似性を認めることができる。確かに、外注先件数については、原告が二五件前後(本件調査時の原告の申立てによる。)であるのに対し、A、B、Cは一〇件ないし一六件であり、ミシンの所有台数は、昭和五四年分において、原告が五台であるのに対し、A、B、Cは九台ないし一一台であつて、これらの点に関する限り、A、B、Cが原告と類似しているとはいい難い。しかしながら、原告の外注先件数については、これを裏付ける証拠がない(これに対し、A、B、Cは、青色申告者であるから、帳簿書類上外注先を特定することができるものと推認される。)のであるから、A、B、Cと直ちに比較することは妥当でなく、また、ミシンの所有台数については、別表(四)に記載のとおり、A、B、Cの保有するミシンの中には、耐用年数の経過しているものや外注先に貸し出しているものが含まれていることを考慮すると、A、B、Cが原告と類似していないともいい切れない。

そもそも、前記(1)で認定したとおり、原告とA、B、Cとは、収入金額において近似しているうえ、家族従業員数等の四つの指標においても類似している以上、事業規模の類似性において欠けるところはないというべきであり、外注先件数の多寡(原告のそれについては、その実数の立証が前提となる。)及びミシンの所有台数の多寡が所得金額にいかなる影響を及ぼすかは、むしろ被告の推計の合理性を否定する特殊事情として、原告の立証すべき事項に属すると解するのが相当である。

(4) なお、同業者A、B、C間の偏差についても、収入金額は、前認定のとおり近似しており、また、算出所得率も、別表(五)及び(六)に記載のとおり近似しているのであつて、推計の基礎となる計数として合理性を有するものである。

(5) してみると、このようにして算出された同業者の平均所得率は、正確性及び一応の客観性を有しているというべきであるから、これをもとに原告の所得を推計することは、特別の事情のない限り、合理的であるというべきである。

(四)  これに対し、原告は、同業者A、B、Cは、その保有する機械の種類からみて、相当広い範囲の仕事を手掛けており、したがつて下請の下請ではなく、元の製造業者の第一の下請業者(元請業者)であると推認できる、と主張する。しかしながら、A、B、Cが原告のいう下請の下請であることは、前認定のとおりであり、この点を措くとしても、原告の右推論に対しては、被告が主張するように、専用縫ミシンを有しない者であつても、アタツチメントを取り替えることにより、又は専用縫ミシンを有する外注先に下請に出すことにより、多くの工程を受注することが可能であるという反論が成り立つのであるから、保有するミシンの種類の多寡によつて縫製請負の形態を判断することは、論理の飛躍があるといわざるを得ない。したがつて、原告の指摘するA、B、Cの保有するミシンの種類が多いという事実は、到底前認定を覆すには至らないのであつて、他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、同じく、A、B、Cの保有する機械類の種類を根拠に、右三名の請け負つている工程の範囲が、A及びCについては別表(七)記載の2ないし9であり、Bについては2ないし11であると考えられ、原告のそれより広い、と主張する。しかしながら、右主張は前認定に反するものであり、また、その推認に対しても、前同様の反論が成り立つのであつて、保有するミシンの種類の多寡によつて直ちに縫製請負の工程の範囲を判断することはできないというべきである。したがつて、原告の指摘する前記事実も、請負工程に関する前認定の事実を覆すには至らず、他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

さらに、原告は、原告がジーンズ縫製加工の工程のうち不採算工程のみを請け負つている、とも主張するが、これを認めるに足りる証拠は何ら存しない。

(五)  そこで、前記の本件各係争年分の原告の収入金額に前記の各年分の平均所得率をそれぞれ乗ずると、昭和五三年分の算出所得金額は三三二万四八五五円となり、昭和五四年分のそれは四五九万三五三九円となる。

(六)  特別経費額及び事業専従者控除額がそれぞれ別表(二)の〈4〉及び〈6〉に記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

しかして、前記の本件各係争年分の算出所得金額から、右の特別経費額及び事業専従者控除額を控除すると、原告の昭和五三年分の事業所得金額は三三二万四八五五円、昭和五四年分のそれは四〇五万五八〇四円となる。

3  原告による所得率の算出について

原告は、詳細な実額主張をし得るだけの帳簿書類を有しないとしながら、別表(九)ないし(一二)のとおり原価計算をし得るだけの資料は有しているとして、右原価計算に基づいて算出した所得率が、別表(六)に記載のとおりである、と主張する。

しかしながら、そもそも、本件においては、被告による推計課税の合理性が立証されている以上、原告の所得金額の実額が右推計による金額を下回ることが主張、立証されてはじめて、推計課税を覆す関係に立つと解するのが相当である。そうすると、原告の右主張は、原告も認めるように、実額によるものではなく、帳簿書類上の裏付けを欠くものであるから、その内容の当否について判断するまでもなく、推計課税を覆すものではないというべきであつて、主張自体失当というほかない(なお、原告の右主張の内容をみても、被告が当事者の主張の六(被告の再反論)の2において指摘するように、右原価計算は、原告の家族労働分を考慮に入れておらず、糸代の合計額とも符合しないなど、不合理な点が多々存するのであつて、到底推計課税を覆すに足りる合理性をもつたものでないことは明らかである。)。

4  まとめ

以上のとおり、被告による推計課税には合理性があり、これによつて算定した原告の本件各係争年分の事業所得金額は、前認定のとおりであるところ、本件各更正における原告の総所得金額は、昭和五三年分が三二一万三三五一円、昭和五四年分が三八三万八一六五円であつて、いずれも右推計課税による算定額を下回るから、本件各更正は内容的に適法であり、これに基づいて行われた本件各賦課決定も適法である。

四  よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官 安藤宗之 裁判官 朝山芳史)

別表1

〈省略〉

別表2

事業所得の算出経過表

〈省略〉

別表3

収入金額の明細表

〈省略〉

別箱4

原告及び類似同業者の事業規模等対比表

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表5、6

昭和五三年分類似同業者の比率表

〈省略〉

昭和五四年分類似同業者の比率表

〈省略〉

別表7

〈省略〉

別表8

〈省略〉

別表9

〈省略〉

別表10

〈省略〉

別表11

〈省略〉

別表12

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例